美容研究科が半生をかけ導き出した【女性ホルモンの増幅量を根源からアップさせるバストアップ法】

このバストアップ術は、
美容研究家の金森朱美先生が、
半生をかけ導き出した、
「体質、体型に関係なく」、
「大きくしてしまう」、
バストアップ術です。
そして、この夢のようなバストアップ術を、
一人でも多くのバストで悩む世の女性の為
私、春岬 美香が編集に至った。
それがこのバストアップ術です。
ここで…、
私がこのバストアップ術を、執筆するに至った経路をお話したいと思います。
惨めだった自分・・・
その頃22歳だった私は、生まれてからの22年間
一瞬たりとも胸が小さいという名のコンプレックスを忘れずに生きていました。
その年の夏、いつも通り私の友たちと飲みに行った時の事でした。
その日は、5人で夜から集合する予定だったのですが、
仕事が休みだった私以外の3人はお昼から集まって海に行っていました。
海に行ったメンバーは、A、S、Y、の3人で、
もう一人のHは仕事、当の私は、
いつものように海が・・・
というより水着を着ると胸が小さいのがわかるのが苦手で、
別の理由を付けて断っていました。
親友に一度だけ本当の理由を言った事もありましたが、
親友には、「大丈夫!大丈夫!」「気にするほどでもないよ」と言われ、
実際海に行った時、他人の視線が気になり楽しむどころか
ひどく落ち込んだことがあったのです。
それからは、何かと理由を付けては断ると言う事を繰り返していました。
話は戻りますが、その日の夜・・
「今日の海、気持ち良かったね~」
「天気最高だったね!」
「楽しかったー」
いつも聞く、寂しく悲しくなる会話。
仕事だったHですら楽しそうにその話題で盛り上がっていたのです。
私は…
胸が小さいというコンプレックスからなのか、
私も胸さえあれば、この会話を楽しく聞けたのに…。
という気持ちが頭の中でいっぱいになりその話題は苦痛だけでした。
そしてその日の飲み会で数日後バーベキューをする事になりました。
・・・
その通り、海でバーベキューをする事になったのです。
私は全く行きたくなかったのですが、
話の流れで全員参加となっていて断る事も出来ず、参加する事に。
その時は「水着にならなければいいか。」と思っていました。
ですが前日になって、必ず水着持参で来るようにと連絡が入ったのです。
当日、私は行けなかった・・・
コンプレックスからの解放
そんな事が立て続けに起こり、私は軽いうつ状態になっていました。
そんな私を心配した親友、
先ほど話した一度悩みを打ち明けたことがある親友が
ある人を紹介してくれたのでした。
それが金森先生です。
そうして出会ったのが、このバストアップ術の創設者とも言える、
「美容研究家」として、得に東洋美容にはかなりの知識がある
金森 朱美先生だったのです。
親友から、バストアップの為に半生をついやしたなどという話を聞くや否や
すぐにその美容研究家の先生、金森先生に会いに行きました。
初めて会う金森先生は、
とても話やすい空気をもった方で、
私は、私の話と気持ち全て洗いざらい話しました。
その時、先生は
「私の人生の全てで、あなたを本当のあなたにしてあげる。」
私は自然と涙が出ていました。
私は先生の気持ちのこもった、その言葉を生涯忘れる事はありません。
真逆の世界へ
そうして私の人生は激変しました。
私の胸がコンプレックスではなくなった時から
本当にいろいろな事が幸せになりました。
下着を選ぶことが楽しくなった
友人と海に行くのが楽しくなった
結婚式等でドレスを着るのがうれしくなった
男の人の見る目がかわった
周りの友人にうらやましがられるようになった
谷間を見せれる服を着れるようになった
コンプレックスから解放された
自然と笑顔になれるようになった
そんなある日。
私 「世の中の胸の小さい事で悩んでいる全ての女性に
このバストアップ術を伝えられないかな・・?」
金森先生 「そうね、大きくなる方法があるのに、それを知らずに苦しんでいる
人を助けられないなんて、悲しい事ですものね。
もし、数多くの人に、この方法を伝える事が出来たなら、
それはとても素敵な事ね。私も人生を賭けた甲斐があるし(笑)」
私 「・・・ねぇ先生、一緒にみんなに伝えようとしてみない?」
私たちは、そこでバストアップ術を、みんなに伝えようと決意した。
美容研究科が半生をかけ導き出した【女性ホルモンの増幅量を根源からアップさせるバストアップ法】
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